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大切な人づき合い

中川 敬大さんご家族

【家族構成】
本人(40代)、妻(30代)、息子(5歳)
【移住暦】
5年目
【仕事】
江田島町で不動産業経営

青春時代を過ごした”江田島”へ

熊本県出身の中川さんは、東京で不動産会社に勤務していました。会社からの独立をきっかけに江田島市への移住を決めました。

「勤務しながら東京での独立も色々模索してみたのですが・・・。残念ながら難題が多くてあきらめざるをえませんでした。そんな時に青春時代を過ごした”江田島”を思い出したんです。」

中川さんは、海上自衛隊第1術科学校生徒部(現在は制度廃止により廃校)の42期生として江田島町の第1術科学校に4年間在学、卒業後もしばらく自衛官として働いていました。その当時、下宿等を詳しく紹介してくれる不動産屋が存在せず苦労した思い出から、第1術科学校の近くであれば商売になるとひらめいたそうです。

苦労した店舗探し

「独立を考えた当初は、まだ妻とは付き合ってもいなかったので、一人で江田島に来るつもりでした。ところがその後、妻と出会い、結婚。一緒に来ることになり計画が大きく変わり大変でした(笑)2012年に出会って2013年に結婚、2014年に会社を辞めて江田島で起業、バタバタでしたね。」

最初は住む家も店舗も見つけることが出来ず、とりあえず江田島市で事業を始めることだけを決めて、いったん東京から呉市に引っ越されたそうです。店舗無し、物件ゼロからの出発でした。

「術科学校の周辺には店舗を構えた不動産屋が無かったので商売になる、と思ってきたのですが、まさか自分の店舗探しに苦労するとは思いませんでした(笑)店舗を借りたいと家主さんに交渉するのですが、不動産屋の店舗というものに馴染みがなかったからか、自分がよそ者だったからなのか、家主さんたちは怪訝そうな顔をするだけで、相手にしてくれなかったです(苦笑)」

ところが、江田島町で顔の広い税理士さんに間に入ってもらうことで事態は一気に好転します。家主さんもしっかり話を聞いてくれてすぐに決まったそうです。東京を離れてから1年越しでやっと店舗が決まりました。今だから笑って話されていますが、当時は相当苦労したと思われます。

「家を探すなら、空き家バンクを利用するか、島の人に紹介してもらうほうがスムーズです。もちろん江田島共済不動産も活用してください。」

移住を考えている人たちにアドバイスをお願いしたら、同時にちゃっかりPRもして頂きました。

一緒に移住してきた奥様は

今では江田島町の自治会で女性会の会長を務める奥様。そんな奥様も、移住してきた当初は自治会活動にさえ参加していませんでした。ちょうど出産を控えており、心に余裕が全くなかったからだそうです。しかし、仕事で苦労している中川さんを見て一念発起。

「少しでもパパの力になればと、がんばりました(笑)自治会に加入して地域の人たちと交流をすることで、不動産業を始めたばかりのパパの仕事がスムーズになればと思いました。近所の人とコミュニケーションをとることは本当に重要ですね。生活が好転して色々楽しいことが増えました。」

東京での近所付き合いは挨拶程度でしかなかったので、島での様々なコミュニケーションは新鮮だったそうです。趣味のバイクも、島で友人の輪を広げるきっかけになり、交友関係がどんどん広がってきているそうです。

「バイクを通じて友達ができて、そのバイク友達に誘われて行った魚釣りも新たな趣味になりました(笑)今度は魚釣り友達の輪が広がってます。今では触るのさえ苦手だった魚を捌けるようになりました。魚が食べたくなったら釣りに行きます。釣れる魚は買いたくないです(笑)」

ママと息子の週末

「週末はパパが仕事だから、子どもと二人でドライブに行ってます。呉市や広島市のことはほとんど知らないので、探検気分であちこちへ行って遊んでいます。広島市内の中心まで1時間くらいで行けるので近いものですね。島にいるときはイベントや海に行ったりして遊んでいます(笑)」

息子さんは現在5歳、島でのびのびと元気に育ち、奥様も息子さんと一緒にいろいろと楽しんでいるご様子です。

「子どもが少ないせいだと思いますが、近所の人が寛容でいろいろ助けてもらっています。将来この子がどんな仕事につくのかはわからないけど、漁師や個人営業の事業者さんを間近に見ることは良い経験になると思っています。」

まち中で育った奥様にとって、仕事といえば会社勤めしかイメージできなかったそうですが、今の環境だと、ご主人をはじめとして様々な職業を見せることができることに満足しているそうです。

次のステージへ

開業時には大変苦労されましたが、中川さんの会社『江田島共済不動産』は、今では第1術科学校周辺の下宿を主に多くの物件を取り扱う不動産屋さんとして、自衛隊の人々などから多く利用されています。
2021年1月には、弟さんをスタッフとして熊本から呼び寄せ、事務所も立地の良い場所に移転しました。今は以前の事務所をどのように活用するか思案中だそうです。
私生活での次の目標はマイホーム。「海の見える家」を建てることだそうです。どんな家になるのか中川さんの夢の実現が楽しみです。

<2021年1月掲載>

江田島町(中央・宮ノ原)は住んでみてどんなところですか?

最初に住んだ中央は自衛隊の施設に近いせいか、居酒屋や飲み屋が多い印象です。あと狭い道が多いですね。自衛官の下宿を案内するとき、細い道を歩いて案内することが多いです。
今住んでいる宮ノ原は、漁港が近く、牡蠣養殖業が盛んな地域で、いかにも島という雰囲気の地域です。

江田島市民になった中川さんから自衛官に対して一言ありますか?

中にいる時(自衛官だったとき)とは、考えが少し変わっていますね。私も在官中は江田島町中央付近しか知りませんでしたが、せっかく江田島に来たのなら、海や山など自然も楽しんで帰って欲しいですね。私も新事務所でいろいろと案内ができれば良いなと考えています。